食品・飲料の開発では、「甘い」「酸味が抑えられている」「濃厚でおいしい」など、官能評価が欠かせません。 しかし、この“感覚的な良さ”を特許の根拠にしたところ、サポート要件違反により無効と判断された裁判例があります。
それが、知財高裁 平成28年(行ケ)10147号(トマト含有飲料事件)です。 本記事では、裁判所が何を問題にし、なぜ官能評価だけでは足りないのかを、化学系弁理士の視点で解説します。
なお、本件は「官能評価 特許」の典型的な問題点を示した裁判例であり、食品・飲料分野で官能評価を使って効果を主張する際の注意点を示しています。
1. 本件発明のポイント:3つのパラメータだけで風味を特定
本件発明は、トマト飲料の風味を、以下の3つの数値範囲で規定したものでした。
- 糖度:9.4〜10.0
- 糖酸比:19.0〜30.0
- グルタミン酸等含有量:0.36〜0.42 wt%
明細書には、これらの値を満たすと、
- 濃厚な味わい
- フルーツトマトのような甘さ
- 酸味が抑制された風味
が得られると記載されていました。
2. 裁判所の指摘①:風味は多成分・多物性の総合で決まる
裁判所は、飲食品の風味は、甘味・酸味・旨味だけでなく、
- 渋味・苦味・香り・コク
- 粘度・粒度などの物性
- 他の多くの成分の相互作用
が関与する「複合的な現象」であることは技術常識であると指摘しました。
明細書には、3つのパラメータ「だけ」が風味に影響すると説明されておらず、 比較例・参考例においても、他の成分や物性を揃えた記載はありませんでした。
→ そのため、3パラメータだけで風味が決まるとは当業者は理解できないと判断されました。
3. 裁判所の指摘②:官能評価の方法が客観性・再現性に欠ける
実施例では、12名のパネラーが7段階で「甘み・酸味・濃厚さ」を評価していましたが、
- 各パネラーの個別スコア
- 評価基準の統一方法(どれくらい甘くなれば1点上げるのか?)
- ばらつき(分散、標準偏差)
が明確に記載されていませんでした。
裁判所は、評価基準が明確でない場合、 “少し甘く感じるだけで大きく加点する人” や “大きく変わっても少ししか加点しない人” が混在する可能性を指摘し、 平均値だけでは客観的評価とは言えないとしました。
→ 官能評価の信頼性が不十分であるため、数値範囲と風味の因果関係を示したことにはならない。
4. 裁判所の指摘③:範囲全体(下限〜上限)で効果が得られる根拠がない
判決では、範囲の下限値(糖酸比19)において、 実施例のような風味が得られるか疑問であることが試算を用いて示されました。
たとえば、糖酸比19では酸度が上がり、 実施例1のような高評価の味になるとは言い難いことが、判決内で具体的に指摘されています。
→ このことから、範囲の下限〜上限で「一律に効果が得られる」とは言えず、サポート要件を満たさない。
5. 結論:サポート要件違反(特許無効)
裁判所は、
「明細書の記載からは、3つの数値範囲にあるだけで所望の風味が得られることは理解できない」
と判断しました。
6. この判決が示す教訓(化学・食品分野で特に重要)
- 官能評価だけでは“技術的効果”の根拠として弱い
- パラメータ発明では「範囲全体で効果が得られる説明」が必須
- 風味は多要因現象なので、他の物性・成分の影響も検討すべき
- 官能評価は“基準統一・個別スコア・分散”など信頼性の担保が重要
判決全文はこちら: 知財高裁 平成28年(行ケ)10147号(裁判所公式PDF)
7. 化学がわかる弁理士としてできること
食品・飲料・化粧品など「感覚評価」を扱う企業様において、次の点でサポートができます。
- どの成分・物性を測定すべきかの整理
- パラメータの範囲設定の方法
- 官能評価と成分データの因果関係の構築
- サポート要件を満たすための明細書設計
まとめ
トマト含有飲料事件は、食品・飲料の特許において、
- 官能評価とだけでは不十分
- 科学的根拠とセットで効果を論証する必要がある
- パラメータ発明では“範囲全体で効果が成立するか”が厳しく問われる
官能評価 特許を成立させるには、感覚的な評価だけでなく、化学データや物性データといった客観的な根拠が不可欠であることを、本件トマトジュース事件は示しています。
研究の積み重ねを「強い特許」に変えるために、化学的な視点でサポートします。
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